[旧]そうだ、上京しよう。

【上京物語・第9話】地方には求人がない!プー太郎と転職を繰り返した20代。

《お知らせ》

こちらの記事は、旧ブログ『そうだ、上京しよう。』の記事です。

新ブログ『NO MORE ストレス!』の立ち上げの際に一旦削除したのですが、評判が良かったため、旧ブログ記事として復活させました。上京したい方の参考になれば幸いです。

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この家では大卒という学歴が求められている・・・。

大学に入ってからも、ただ義務感で勉強していました。

今勉強していることは、卒業してから何の役に立つの!?
自分の一番学びたいことはデザインなのに、なぜ他のことを学ばなければいけないの!?

私の心の中では、本当の私が泣き叫んで出てこようとするのですが、親に従わなければいけないと思っているもう一人の私は、小さい頃から培った忍耐力で必死にそれを押さえつけていました。
 
 
大学生にもなると、友達はみんなバイトして自分でお小遣いを稼いでいました。

私もイベントやライブで遠征したかったのでバイトしてみたいと思っていたのですが、「真綾は愛想が悪いから雇ってくれるお店なんてないわよ。バイトなんてムリムリ!」と母から言われ、大学生になってもなお、親からお小遣いをもらっていました。。。

第5話でも書きましたが、私は太っていたせいで愛想笑いできなかったので、母からは日常レベルで「愛想が悪い」と言われ続けていました。

友達がカラオケ屋のバイトを紹介してくれたことがあったのですが、どうせ母にダメと言われるだろうなと思って断ってしまいました。

家庭教師のバイトもあったのですが、本質を理解せず丸暗記法で入学した私が勉強を教えるなんてできるはずもなく・・・実力で入学した友達が家庭教師をやってるのをうらやましくながめていました。
 
 
大学の勉強は専門的で難しく、卒論はほんとに苦しかったです。
それもなんとか乗り越えて卒業したのですが、、、
大学に来る求人には全く興味の持てるものがなかったので、国立を卒業したにもかかわらずプー太郎になってしまいました。。。
 

1ヶ月でクビになった初めてのバイト

行きたくない学校に行かされたあげくプー太郎になってしまった私は、なんでこんな目に合わないといけないんだと自分の人生をまた呪いました。

プー太郎は辛かったので、とりあえずなんでもいいからバイトしようと思って、古本屋のバイトに応募して、採用してもらえることになりました。

当然、母からは「愛想の悪い真綾に店員なんてできるの!?」と言われました。

ゼロ百思想の母は、100%可能なことしかやる価値はないと思っているので、「ダメかもしれないけどチャレンジしてみる」なんてことはムダなことだと思っています。

いつも「ほんとにできるの!?」と聞かれるので、やってみないとわからないのに、やる前から“できるorできない”の2択で返事させられる意味がわかりませんでした。

しかし、採用されてしまったものは仕方がないとあきらめたらしく、私は古本屋のバイトへ行けることになりました。
(ダメと言われることが多かった私は、この“事後報告ワザ”を習得しました(爆))
 
 
バイトの仕事は難しいものではありませんでしたが、一緒にレジをやってた先輩の女性がかなり冷たい人で、必要最低限の用事以外は全く会話をすることもなく、かなり暗い気分で仕事してました。

たぶん、その暗いオーラが店長に伝わったのでしょう・・・私は1ヶ月でその店をクビになりました。
正直、あの先輩から離れられると思ってホッとしました。

店長からは「国立出てるんだから、もっといい会社に入りなよ」と言われました。
いい会社に入りたくて国立に行ったわけではない私は複雑な気持ちになりました。
 
 
バイトをクビになったことを母に伝えると、
「やっぱりね。だから真綾には向いてないって言ったのに。」
「こんな愛想悪い真綾を1ヶ月も雇ってくれたお店もすごいよね。」
と、到底クビになった人に言うことではないセリフを言われました。。。

私が親だったら、「苦手なことでもよく頑張ったね。この経験はムダにはならないよ。また次がんばればいいよ!」という感じで励ましたいと思うのですが。。。
 

独学でグラフィックデザインを勉強

やっぱりデザインの仕事がしたいと思っていた私はハローワークで求人を探してみましたが、田舎にはデザインの会社がほとんどなく、かなりの“狭き門”でした。

しかも、応募条件はたいてい“デザイン系の学校卒業者、または経験3年以上”なのです。

デザイン科に行かせてもらえてたら応募できたのに・・・

求人票を見るたびに、私はため息をついていました。
 
 
そんな毎日を送っていたところ、上京した友達からデザイン会社で働いてるという話を聞きました。

どうやってデザイン会社に入ったの?と聞いたら、スクールでPhotoshopやIllusutratorの勉強をしたと教えてもらいました。

私は学校に行かせてもらえないなら家で勉強するしかない、と思って、PhotoshopとIllusutratorの勉強を独学でやることにしました。

とりあえず本を買って、基本的な操作はできるようになったところで、居酒屋の事務所でメニューを作るバイトの求人を見つけました。

デザイン会社はあいかわらず応募条件でアウトで応募できなかったので、このバイトに応募してみることにしました。

デザイン会社ではないので、応募条件は厳しくなく、PhotoshopとIllusutratorが使えると言ったらすぐに採用されました。

居酒屋の事務所だけあって、職場の人はみんな明るく元気がよく、前の古本屋と違って楽しく仕事することができました。
 

印刷会社に入社するも、雑務の日々・・・

バイトを始めて1年以上経ったころ、新聞に印刷会社のデザイナー募集の広告が載っているのを見つけました。
しかも驚いたことに、未経験者OKと書いてあったんです!<二度見しました(笑)

早速応募したところ、数名募集しているとのことだったので、あまり競争率が高くなかったせいか、無事に採用されました。

やっとデザインの仕事ができる!と喜んだのもつかの間、、、私が配属されたのは“雑版チーム”でした。
主な仕事は、今までアナログで作っていた印刷物をデジタルで作り直す作業です。

平たく言えば“雑務”です。。。

最初は印刷物を作る上での基礎知識などを学べたので、その点は役に立ったのですが、そんなものは1〜2ヶ月あれば習得できます。
その後は、ひたすらトレース作業の毎日で、1ミリもスキルアップできません。

それでも我慢して1年半くらい働きましたが、デザインをやらせてくれない会社に居続ける意味はないと思って退職しました。
 
 
その後は、プー太郎→バイト→フリー(ほぼプー太郎)→バイトというふうに人生をあゆみ、気がついたら30歳になってしまってました。。。
(バイトは一応デザイン関係の仕事でしたが、デザイン会社ではないです)

10代ばかりでなく、20代も無駄な人生を送ってしまいました。。。

一度きりの人生なのに、自分の思い通りに生きれてない・・・
この家にいたら、この先も自分の人生はダメなままだ・・・
デザインの仕事やるならやっぱり上京しないとダメだ・・・

もう、我慢の限界でした。
 
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