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【第3話】田舎暮らしによるストレス〜職のない田舎に限界を感じ、30歳で上京を決意!

【第3話】田舎暮らしによるストレス〜職のない田舎に限界を感じ、30歳で上京を決意!

就職できないストレス

大学に入ってからも、ただ義務感で勉強していました。

大学の勉強は専門的で難しく、卒論はほんとに苦しかったです。

それもなんとか我慢して乗り越えて卒業したのですが、、、自分の意思で受けた大学ではなかったので、大学に来る求人には全く興味の持てるものがなく、国立大まで卒業しておいてまさかの無職になってしまいました。。。

無職はマズい・・・と思って、とりあえず古本屋のバイトをやってみたんですが、先輩との関係がうまくいかず・・・その暗いオーラが伝わったのか、私は1ヶ月でその店をクビになりました。

まあや
まあや
正直、あの先輩から離れられると思ってホッとしました。

 
店長からは「国立出てるんだから、もっといい会社に入りなよ」と言われたんですが、いい会社に入りたくて国立に行ったわけではない私は複雑な気持ちになりました。。。

 
やっぱりデザインの仕事がしたいと思って諦めきれなかった私はハローワークで求人を探してみましたが、田舎にはデザインの会社がほとんどなく、かなりの“狭き門”だという現実がありました。

しかも、その数少ないデザイン会社の応募条件は、「デザイン・美術系の学校卒業者、または経験3年以上の者」なんです。

まあや
まあや
デザイン科に行かせてもらえてたら応募できたのに・・・

 
求人票を見るたびに、私はため息をついていました。

 

独学でグラフィックデザインを勉強

そんな毎日を送っていたところ、上京した友達から、デザイン会社で働いてるという話を聞きました。

どうやってデザイン会社に入ったの?と聞いたら、スクールでPhotoshopやIllusutratorの勉強をしたと教えてもらいました。

田舎にはそんなスクールなんてないし、あってもどうせ行かせてくれないと思って、私はPhotoshopとIllusutratorの勉強を独学でやることにしました。

とりあえず本を買って、基本的な操作はできるようになったところで、居酒屋の事務所でメニューを作るバイトの求人を見つけました。

デザイン会社はあいかわらず応募条件でアウトで応募できなかったので、このバイトに応募してみることにしました。

デザイン会社ではないので、応募条件は厳しくなく、PhotoshopとIllusutratorが使えると言ったらすぐに採用されました。

まあや
まあや
居酒屋の事務所だけあって、職場の人はみんな明るく元気がよく、前の古本屋と違って楽しく仕事することができました。

 

印刷会社で雑務のストレス

バイトを始めて1年以上経ったころ、印刷会社のデザイナー募集の求人を見つけました。しかも驚いたことに、未経験者OKと書いてあったんです!

早速応募したところ、数名募集しているとのことだったので、あまり競争率が高くなかったせいか、無事に採用されました。

まあや
まあや
やっとデザインの仕事ができる!

 
と喜んだのもつかの間、、、私が配属されたのは“雑版チーム”でした。

雑版チームの主な仕事というのは、今までアナログで作っていた印刷物をデジタルで作り直す作業です。平たく言えば「雑務」です。。。

最初は印刷物を作る上での基礎知識などを学べたので、その点は役に立ったのですが、そんなものは1〜2ヶ月あれば習得できます。その後は、ひたすらトレース作業の毎日で、1ミリもスキルアップできませんでした。

それでも我慢して1年半くらい働きましたが、雑務のストレスに耐えられず、退職してしまいました。

 

田舎暮らしに限界を感じて上京を決意

その後はバイトと無職を繰り返して、気がついたら30歳になってしまっていました。

10代だけでなく、20代も無駄な人生を送ってしまいました。

まあや
まあや
一度きりの人生なのに、自分の思い通りに生きれてない・・・

ここにいたら、この先も自分の人生はダメなままだ・・・

と、田舎では自分の思うように生きられないと悟り、上京を決意しました。

 
運のいいことに、東京のイベントやライブにちょくちょく遠征していた私には、東京在住の友人が何人かいました。

そこで私が上京したいという切実な思いを語ったら、みんな「協力するから上京しなよ!」と言ってくれたんです!

 
ただ、友人たちとの間ではトントン拍子に話が進んだのですが、親の顔を見るとなかなか話を切り出せませんでした。長年ダメと言われ続けた呪縛はかなり強力だったんですよね。。。

しかし、“私には味方になってくれる友人たちがいる”と思って、玉砕覚悟で母に「上京したい」と言いました。

まあや
まあや
もう友人の家に泊めてもらう約束もしてる。この期間で面接して受からなかったら諦める。

と、“事後報告”ワザ(!?)を利用して、説得しました。

母はぶつぶつ文句を言いながらも、「もう約束してしまっているし、どうせ受からないだろう…」と思ったのか、東京で就職活動することを許可してくれました。

 
それから私は、地方からの応募も受け付けてくれる会社をネットで探し、いくつかの会社から面接していただけるというお返事をもらうことができました。

当時のバイト先の上司はとても話のわかる人だったので、事情を話したら1週間のお休みをくれました。

そうして、友人の家に泊めてもらいながら面接を受けたところ、なんとか1社から採用のお返事をいただくことができました!

親も、採用されてしまったものは反対のしようがないので、しぶしぶ上京することを許可してくれました。(母はやっぱり恨み言をぶつぶつ言っていましたが)

 
こうして、私は30歳にしてようやく上京することができ、夢の東京一人暮らしをスタートさせたのですが・・・続きはまた第4話でお話ししますね。

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